【千と千尋の神隠し】両親が豚になった理由について考察!
本記事では『千と千尋の神隠し』で千尋の両親が豚になってしまった理由や千尋はなぜ最後に豚の中に両親はいないとわかったのかを考察します。さらに『千と千尋の神隠し』で千尋のお母さんが我が子である千尋に冷たい理由も深堀していきます。
【千と千尋の神隠し】両親が豚になった理由や最後
『千と千尋の神隠し』は主人公である千尋が両親と共に不思議な町に迷い込んでしまうことから始まります。物語の序盤で千尋の両親は勝手に店のカウンターに並んでいる料理を食べ始めてしまいました。そんな両親に対して、千尋は自分は食べないと言って不思議な町に興味を持ち探索し始めます。そして、だんだんと辺りが薄暗くなり、少し心細くなった千尋は両親の元へ戻りますが、千尋が声をかけると両親は豚になってしまいました。本記事では千尋の両親が豚になった理由や最後について深く探っていきます。
千尋の両親が豚になった理由
ここからは、千尋の両親が豚になってしまった理由を考察していきます。『千と千尋の神隠し』の油屋のある世界は通常人間が立ち入ることのできない場所にも関わらす、千尋と両親は迷い込んでしまいました。そんな世界に迷い込んでしまっただけでも不安ですが、千尋は両親を豚にされてしまいとても心細かったことでしょう。千尋も一緒に不思議な町に足を踏み入れたにもかかわらず、なぜ両親だけが豚にされてしまったのでしょうか。『千と千尋の神隠し』の千尋の両親が豚にされてしまった謎に迫っていきましょう。
理由①料理を勝手に食べたから
『千と千尋の神隠し』の千尋の両親が豚になってしまった理由の1つ目は、料理を勝手に食べたからです。作中で神様は日ごろの疲れを癒しに油屋を訪れます。店のカウンターに並んでいたご馳走は、その神様のために用意されたものだったのです。そんな神様へのお供えとも言える料理を千尋の両親は勝手に食べてしまいました。これは罰当たりな行為といえるでしょう。湯婆婆も千尋に両親の行為は「当然の報い」と言っています。千尋が豚にならなくて済んだのは、勝手に神様の料理を食べなかったからということでしょう。
理由②豚は何でも食べる生き物
『千と千尋の神隠し』の千尋の両親が豚になってしまった理由の2つ目は、豚は何でも食べる生き物だからです。豚は雑食で何でも食べてしまいます。『千と千尋の神隠し』の千尋の両親は、誰の許可も得てないのに「お金は後で払えばいい」と言って、勝手にご馳走を食べてしまいまいました。宮崎駿監督はこの千尋の両親の貪欲さを何でも食べてしまう豚にして表現したのかもしれません。千尋の両親は、最後に千尋に助けてもらわなければ、自分たちが食べられる運命だったのでしょう。
理由③千尋の両親はバブル時代の恩恵を最も受けた世代
『千と千尋の神隠し』の千尋の両親が豚になってしまった理由の3つ目は、千尋の両親はバブル時代の恩恵を最も受けた世代だからです。『千と千尋の神隠し』が公開された2001年当時は、90年代前半のバブル時代が終わり、「失われた10年」と呼ばれるほど一転して不況に陥っていた時代でした。おそらく千尋の両親はこのバブル時代の恩恵を最も受けた世代であり、お金に困ることもなく何でも望んだものは手に入れることができたのでしょう。
その影響で千尋の両親は何でも与えられることに慣れてしまい、勝手に料理を食べてしまうとう傲慢さに繋がったのではないでしょうか。宮崎駿監督の中でバブル時代の傲慢さ=豚というイメージだったのかもしれません。
千尋が最後に豚の中に両親がいないとわかった理由
『千と千尋の神隠し』の最後で千尋は湯婆婆から「豚の中から両親を探し当てたら元の世界に帰れる」と言われます。そしてその時千尋は、この中に両親はいないと見事に言い当てます。しかし物語の冒頭で豚の中から両親を探そうとした時は見分けがつきませんでした。千尋はどうしてこの中に両親がいないと見分けることができたのでしょうか。その事に対して宮崎駿監督は「これだけの経験をした千尋にはわかる」と答えています。
千尋は通常人間は立ち入ることができない世界へ足を踏み入れ、10歳という年齢で働き、いろんな人と出会い、さまざまなことを学びました。その経験により直観が働き、両親がいないとわかったのではないでしょうか。このことから『千と千尋の神隠し』は千尋の成長の物語ともいえるでしょう。
【千と千尋の神隠し】母親が千尋に冷たい理由
『千と千尋の神隠し』の千尋の母親が千尋に対して冷たい態度を取っていると見るジブリファンもいるようです。物語の序盤に登場する千尋と両親ですが、不思議な町に迷い込み怖がる千尋に母は「そんなにくっつかないで」と突き放す描写もありました。千尋の母が千尋に冷たい理由は一体何なのか、その理由を探ってみましょう。
理由①バブル世代への皮肉
『千と千尋の神隠し』の千尋の母親が千尋に冷たい理由の1つ目はバブル世代への皮肉です。先程述べたように、千尋の両親はバブル世代の真っただ中で望むものは容易く手に入れることができた世代です。与えられることに慣れてしまった千尋の母は、自分の子供にすら愛情を与えることが難しくなってしまったのかもしれません。宮崎駿監督は千尋の母親を冷たい母親にすることで、バブル世代の親たちを皮肉っていたのかもしれません。
理由②湯婆婆との対比
『千と千尋の神隠し』の千尋の母が千尋に冷たい理由の2つ目は、湯婆婆との対比です。湯婆婆は自分の息子である坊に対して異常とも言えるほど執着し、愛情を注いでいます。坊の姿が見えなくなると半狂乱になって騒ぎ立てました。それに対して千尋の母は「そんなにくっつかないで」と子供にそっけない態度を取ります。この子供に対しての態度が180度違う2人の母親を対比させることによって、本来親とはどうあるべきかを宮崎駿監督は考えさせているのではないでしょうか。
この記事のライター
ゆさは
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